波佐見町
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 文化財・史跡

指定文化財 

波佐見町は、長崎県のほぼ中央、佐賀県との境に位置し、波佐見川(川棚川)が盆地の中央を貫流し、大村湾へ注いでいる。現在、指定文化財は国指定1件、県指定3件、町指定14件であるが、他に、永尾・三股・中尾・皿山地区に分布する古窯跡群(約30基)をはじめ貴重な文化財が数多く残っている。私たちは、これらを大切保存し後世に残してゆかねばならない。
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国指定文化財
   肥前波佐見陶磁器窯跡
畑の原窯跡
畑ノ原窯跡

平成12年(2000)9月6日、波佐見焼の歴史を語る上で欠かせない5基の古窯跡と
2箇所の窯業関連遺跡が国史跡に指定された。

●畑ノ原窯跡(村木郷) 1610年代〜1630年代に操業。肥前磁器生産開始期の様相を伝える窯。
●三股青磁窯跡(三股郷) 1630年代〜1650年代に操業。国内有数の青磁を生産した窯。
●長田山窯跡(井石郷) 1690年代〜1740年代に操業。18世紀前半代の青磁生産窯。
●中尾上登窯跡(中尾郷) 1640年代〜1920年代に操業。全長160mを越える世界最大級の登窯。くらわんか碗・コンプラ瓶等を大量 生産。
●永尾本登窯跡(永尾郷) 1660年代〜1950年代に操業。全長155m程を測る、中尾上登窯跡に次ぐ巨大窯。くらわんか碗・コンプラ瓶等を生産。
●皿山役所跡(永尾郷) 寛文6年(1666)、大村藩によって設置された窯業管理機関。
●三股砥石川陶石採石場(三股郷) 磁器の原料となる陶石の採石場。江戸初期から昭和時代まで採石が続けられた。

 県指定文化財
   皿山の人形浄瑠璃
皿山浄瑠璃
皿山人形浄瑠璃
今から250年ほど前、享保の大飢饉で郷民が飢えに苦しんだ折、西彼杵半島や五島・平戸へ興行して食料を得て飢えを救ったのが起源とされている。以降、今日までその伝統は受け継がれ、例年8月21日には、皿山大神宮において奉納公演が行われている。
   野々川キリシタン墓碑群

野々川キリシタン墓碑群
自然石に素人が刃物などで十字を刻んだものが、直接地面に立っているという独特なキリシタン墓碑が数基ある。この墓標群がきびしい弾圧時代を通じて現存したのは、野々川が藩境の辺地であった関係だろう。
 国登録有形文化財
   中尾山うつわ処赤井倉
皿山浄瑠璃
赤井倉
明治23年(1890)建築。木造一部2階建・入母屋造り、内部は「ドマ」・「ミセ」・「ザシキ」からなる。明治期の陶磁器卸商家の様子を伝える建造物である。天井に棟上げ年月日(明治23年3月17日)と棟梁の名前が記された木製の破魔矢が現存する。平成15年(2003)登録。
   今里酒造建造物群
皿山浄瑠璃
今里酒造
明和年間(1764〜1772)に始まる造り酒屋、「今里酒造」の建造物群で、うち6棟が登録されている。「店舗及び住宅」・「本蔵」・「中蔵」は江戸時代後期、「製品置き場」は大正期、「新蔵」・「洗い場」は昭和初期の建造。往時の様相を留める木造の大型醸造建築物である。平成18年(2006)登録。
   旧波佐見町立中央小学校講堂兼公会堂
皿山浄瑠璃
旧講堂兼公会堂
昭和12年(1937)、波佐見尋常高等小学校の講堂兼公会堂として建てられた。和洋の要素を取り合わせた玄関ポーチは風格があり、吹き抜けとなった中央部と低い天井の部分からなる内部空間は、教会堂を思わせる落ち着いた雰囲気を持つ。また、音響的に高い評価を得ている。木造洋館としては九州最大級の規模を誇る建築物である。平成22(2010)登録。
   福重家住宅主屋・旧福幸製陶所
皿山浄瑠璃
福重家住宅主屋
「福重家住宅主屋」と、旧福幸製陶所関係の施設であった「旧福幸製陶所事務所」(現:カフェ・ムック)・「旧福幸製陶所細工場」(現:モンネ・ポルト)・「旧福幸製陶所絵書座」(現:HANAわくすい)で構成される建物群。福重家住宅主屋は昭和3年(1928)、旧福幸製陶所関係施設は昭和元年(1926)頃に建てられた。いずれも、当時の様相を今に伝える貴重な建物である。平成24年(2012)登録。
 町指定文化財
   皿山の大神宮石像神殿
皿山大神宮石像神殿
皿山大神宮石像神殿
皿山大神宮は、室町中期の長享元年(1487)祠を建てて五穀豊穣を祈ったのがはじまりである。石造神殿は、明治初期、名工筒井関平によるもので、その構造・彫刻ともに芸術性が高い。破損が進んでいたが、平成3年(1991)に補修が行われ、当時の姿を今に伝えている。
   浮立
浮立
浮立
日照りで稲田が割れる時、笛・鉦・太鼓をうち鳴らし乙女が踊って雨乞いをしまた、春に豊作を祈り秋の満作を感謝した氏神の祭礼に奉納したのが浮立である。現在、野々川・山中(湯無田)・鬼木・協和の4地区で継承されている。
   三領石
三領石
三領石
寛保2年(1742)に建てられた旧佐賀藩領・大村藩領・平戸藩領の三領境を示す石碑。村木郷の峠にある。三角柱の形状をなし、それぞれの面には三領を示す文字が刻みこまれている。
   稗ノ尾眼鏡橋
稗ノ尾眼鏡橋
稗ノ尾眼鏡橋
やきものの産地である永尾・三股両郷を結ぶ橋であったが、明治41年(1908)、陶石・やきもの荷などの重量物を馬車で運搬するために石橋として架け換えられた。 現在は災害工事に伴い、稗ノ尾河川公園内に移築されている。

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